2013/03/04

感性が違う・・・

「感性が違う」
よく耳にする言葉です。
自分と食い違う意見の持ち主や、自分とは違った反応をする人、自分の気遣いや好意を理解しない人、または気遣いに対して何の反応も示さない人、簡単に言えばお礼や謝罪を言わない人、などに対して使われることが多いと思います。
そういう時に「感性が違う」と言うと、誰もが“何となく”納得してしまう言葉です。
正直言って私も使っていました。だって、本当に便利な言葉なんですもん。
でも、、、、でも、この言葉、言われた方にすればすごく嫌~な気分になる言葉でしょうね。
極端に言えば「私は繊細で高等な感受性の持ち主。あなたは猿以下」みたいな
普通、面と向かっては言わないですけどね。大体が陰口^^;私も、直接、言われたことないですもん。陰ではわっかりませーん^^;
時たま、テレビやなんかでコメンテーターの方が言うことがありますが、それを聞くと「せめて意見が違うとか見解の相違とか言って欲しい」と思います。
確かに人情の機微みたいなものを含んでいるように“聞こえる”言葉ではありますが、なんか「感性が違う」の一言で済ますというのは、ものごとの周辺の細かな事情を想像力も働かせず一刀両断に切り捨てるような、それこそ情けの無さを感じます。
もともと、感受性は人それぞれでありまして、全く自分とは違う感じ方をする人には尊敬の念を抱くか、または呆気にとられるかであります。
「感性が違う」と言ってしまうのは、もしかしたら自分とちょっと近しいものを感じ、ちょっと理解できているからかも知れんなぁ~と思います。それか、相当、気に食わないか(笑)
怒りというものは自尊心が傷つけられた時に生まれるように思います。
この怒りが自尊心ではなく他者の尊厳が傷つけられた時に強く感じられるようになれば、人として成長できた証かも知れません。
この時こそ、感性の働きが大事なのですね。
「感性が違う」相手とも上手く折り合う度量。「感性が違う」ことに対して自尊心からではなく言うなれば人類愛から怒りを覚える。そんな風になりたいな~
あら?人類愛とは☆大きなお話になりました(笑)
芸術的な感性。これは「理解できる」か「理解できない」。「好き」か「嫌い」。「美しい」か「美しくない」。「心地よい」か「心地よくない」。大雑把に、この四つで判断しております。私の場合。
でも、時たま、理解はできないけど、美しい。美しいけど嫌い。理解はできるけど心地よくない。そんなややこしい気持ちが沸いてくるので厄介です。まぁ大体は、美しいから好き。よく解るから好き。好きだから心地いい。なんですけどね。
ああ、人間とは摩訶不思議。それがあるから美術、音楽、文学があるのでしょうね~
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